瞑想
3発目。

最近めっきり暖かい。
けれどもここ数日風邪で寝込みやっと昨日から出勤できた。
インフルエンザ、流行ってるそうなので皆さん気をつけて下さい。
一昨年初めて(しかも今までの家系でも初めて)かかってしんどい思いをしたので、、、

さて。
友人が10日間お寺に行って坐禅を組んで瞑想をするという講習(?)に行って来た話を聞き、
感動したのでその話を。

どうやらとても良いらいい。
自分も今年是非行きたいと思ってしまった。
内容は10日間ずっと坐禅を組んで瞑想をするんだけど、
そのコンセプトが、

自分を客観的に、体感的に見る。

というものらしく。
その10日間他人とのコミュニケーションを断ち、目を合わせてもいけない。
他人とのコミュニケーショを断つことで自分と向きあう、というのがおそらくその目的の要約だ。

ちょっと聞いただけではなにやら自己啓発的な怪しい香りがプンプンするんだけど、
話を聞く限り信用できる体験をしてきたことがわかる。
というのも僕の実体験、というか自分の論理の中で理解できたのでそう思ったんだけどね。

人が五感の中の一つを絶った時に、その他の感覚が鋭くなるのは体感的に理解できると思う。例えば、夜電気を消して寝る時に今まで気にならなかった音が耳に届いたり、部屋が暗い中恋人と肌を重ねているときに肌と肌の境界がなくなり溶け合っている感覚になったり。

それをその瞑想に置き換えると、人とのコミュニケーションを断つことで限りある脳のリソースを全て自分の感覚へと向けられる、ということになる。
言うのは簡単だけど、なかなか現代の暮らしをしていく中では雑音が多すぎて実行するのは難しい。
強制的に人との会話もなく、思考すらしてはいけない非日常的な生活を10日間。

10日間、心を無にすると聞いても僕の乏しい想像力では全くどういう物なのか解らない。

そこに来る人達は素人が大半なので1日目2日目は足がしびれたり体が精神を支配している感覚が抜けないらしい。

数日経つと(本当はダメらしいんだけど)今まで一度も思い出したことのないような事がリアルに再体験できるらしい。例えばとても小さい頃に遊んだ遊びや、小学校の授業中の風景や。
段々精神と体の感覚が切り離され、純粋に思考だけに集中する結果なんだと思う。
そこから更に日を追うと、体験したことではなく考えたことが本当に今実際に体験しているような感覚になっていくらしい。

最終目的(?)は、自分の体の変化、例えばちょっと肝臓がおかしいとかを体の感覚で気づき病気の早期発見できたりすることらしい。自分の感情の変化を体の心拍数や顔の紅潮で気づき、抑える事が出来る。

日々生活していると、自分が習慣の奴隷になっているなぁと言う瞬間が多々ある。
こうしたほうがいい、と言うのは解っているんだけどなんとも面倒で実行できなかったり。

おそらく体は、人格や遺伝子のの乗り物-ロボットでしか無い筈だから、上下関係が逆転してしまっているのが今の自分(多分一般的に多いと思われる)なんだと思う。

と言うようなことをいつも考えていたのでこの友人の話はとても興味深く、正に自分がほしいと思っていた情報だった。

今年のやりたい事ひとつ。
10日間、休めるだろうか。
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by shottazy | 2011-01-22 01:40 | 小ネタ
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